辛亥革命100周年
去る2011年、辛亥革命100周年を迎えました。
1911年10月10日、長江中流の都市武昌の兵士たちの蜂起を狼煙として、中国各地に清朝に反対する運動が広がり、やがてそれは翌12年1月、中華民国の建国、2月、宣統帝退位による清朝の滅亡へと至りました。
辛亥革命によって中国は、アジアで最初の共和国を樹立し、清朝260余年の支配と秦漢以来2000年にわたった皇帝専制の歴史にピリオドを打ち、変革への重要な一歩を踏み出しました。
辛亥革命は、20世紀の中国にとって最大の歴史的事件の一つであるだけでなく、アジアと世界にとっても大きな出来事でした。日本にとって巨大な隣国中国のこの革命への対応は革命支援と清朝擁護など多面的なものとなりました。辛亥革命は、中国との関係のあり方を考えるうえで、21世紀の今日、なおさまざまなヒントを与えてくれています。
財団法人孫中山記念会は、孫文と辛亥革命、日本と孫文との関係への理解をいっそう深めていただきたく2010年、2011年と2年にわたって辛亥革命100周年を記念する行事を開催致しました。

辛亥革命後、欧州経由で帰国した孫文を迎えて(1911年12月下旬、香港から上海に向かう船上にて)
前列左から、ホーマー・リー(Homer Lea)、山田純三郎、胡漢民、孫文、2人おいて廖仲愷、後列左から6番目:宮崎寅蔵(滔天)
辛亥革命100周年記念行事 in 2011
『孫文・日本関係人名録』
孫文が日本にいたのは前後合わせると約9年になります。この間、孫文となんらかの接触のあった日本人と在日華僑のせめて人名だけでも掘り起こし、記録に残しておこうという目標のため、『孫文・日本関係人名録』を2011年11月に発行いたしました。宮崎滔天、梅屋庄吉などよく知られた人物だけでなく、孫文の日常生活を支えた人々も含めると日本人だけでも千名をこえます。
当館では、『孫文・日本関係人名録』に対するご意見や、孫文と関係があった日本人につきましての情報をお待ちしております。また『孫文・日本関係人名録』の諸情報や最新の補訂情報を本HP上で掲載していますので、本書をお読みの方はそちらもご参照ください。(本ページ左側のメニューから「孫文・日本関係人名録」に入っていただくか、こちらをご覧下さい。)
辛亥革命100周年記念国際シンポジウム (財)孫中山記念会は、2011年12月10日(土)、神戸大学大学院人文学研究科及び同大学百年記念館にて、「辛亥革命100周年記念国際シンポジウム(神戸会議)」を開催しました。シンポの統一テーマは「グローバルヒストリーの中の辛亥革命」です。国立シンガポール大学副学長プラセンジッド・デュアラ氏の基調講演に始まり、「複数の辛亥革命」、「辛亥革命はいかに表象されたか」などについて、分科会の討論を通じて、辛亥革命ひいては近現代中国の体制変革と発展の様相に迫りました。
孫文月間「孫文2011」
特別展 「日本と孫文」
2011年11月1日(火)~12月11日(日)開催。
第3回 山口一郎記念賞授賞式 2011年11月12日(土)13時30分~。
14時~受賞者講演会 張玉萍氏 「戴季陶研究を振り返って」
呉錦堂碑除幕式
2011年11月12日(土)13時。
「移情閣友の会」主催 講演会「辛亥革命100周年日中友好秘話 孫文と梅屋庄吉」
2011年11月20日(日)14時~。
講演者 小坂文乃氏(日比谷松本楼 常務取締役)
プレイベント in 2010
―神戸フォーラム2010―
「辛亥革命百周年へ向けてのメッセージ」
85年前にわが国に向かって発せられた「東洋の王道か西洋の覇道か」との孫文の問いに対して、アジアをけん引する日中両国夫々が相手の立場に思いを致し共に話し合う良い機会が訪れている。1911年、中国の近代化の出発点になる辛亥革命で日本人が官民挙げて孫文の事業を支援した精神は、辛亥革命成功後の孫文が理想的な国づくりに邁進し挫折した後も、20世紀半ばの不幸な戦禍と人民共和国の建国、さらには長い冷戦時代から日中国交回復を経て「アジアの時代」といわれる今日に至るまで、脈々と引き継がれてきた。孫文が念願したアジアの時代の到来・辛亥革命百周年の《双喜》を間近にした今年、中国近現代史学界の泰斗と日本の孫文研究者が、次の百年を生きる両国民にメッセージを送る。
★フォーラム概要★
・ 日時:2010年10月31日(日)13:30~17:00
・ 場所:兵庫県公館(神戸市中央区)
►チラシpdf(表面)
►チラシpdf(裏面)
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